ガンマ周波数帯域のASSRを起こす新しい音響刺激「ガンマミュージック」

ガンマ周波数帯域のASSRを起こす新しい音響刺激「ガンマミュージック」

人間の脳波(EEG)信号は、それぞれが異なる神経活動と結びついています。特に約30Hzを超える周波数帯域は、ガンマ周波数帯域と呼ばれており、様々な認知機能、感覚統合、短期記憶などと関連しています。

また、ガンマ波とアルツハイマー病や統合失調症との関連については、数多くの報告がされており、ガンマ波のパワーを有する刺激の提示により、脳内の認知プロセスを調節し、疾患の重症度が軽減される可能性があると言われています。

 

音楽に融合する40Hz刺激、認知能力と快適性の探求

そして、特に40Hzの聴覚刺激によって誘発されるASSR(聴覚定常状態反応)は、ヒトの認知機能の程度を評価するバイオマーカーとしての可能性を秘めており、実際に40Hzの視覚と聴覚を組み合わせた刺激を与えると、脳の萎縮や機能的結合の喪失が軽減され、連想記憶課題のパフォーマンスが向上することが実証されました。

しかし、一般にヒトは40Hzの単調な聴覚刺激を、不快な音として知覚します。そこで、これに耐えるために40Hzの刺激と音楽を統合する方法が提案されました。とはいえ、ざらざらとした不快な音として認識されることの多いこの刺激を、快適な聴き心地を維持しながら音楽に組み込むことは、とても困難な作業です。

 

快適な音楽を目指す、40Hzガンマ刺激の新たな試み

そこで私たちは、ドラムのような音色を40Hzの振動から合成し、ベースやキーボードの音の振幅エンベロープをガンマ周波数帯域に修正し、そのガンマミュージックの有効性を評価しました。コントロール条件としては、ドラム、ベース、キーボード音からなる、40Hz付近の周波数帯域に強いパワーを含まない音楽刺激(コントロールミュージック)を使用しました。さらに3つ目の条件として、不快な音を伴う従来のガンマ刺激を、対象音楽にそのまま組み込んだ音楽(Conv. ガンマミュージック)も用意しました。そして、各音楽を聴いた後に、リラックスの指標や覚醒のレベルを評価するアンケートを実施しました(表1)。

 聴覚刺激に対する主観的評価の結果は図1の通りです。結果として、リラクゼーション、感情価、好み、心地よさ、奇妙さにおいて有意な差があることが明らかになりました。そして、没頭、覚醒においては有意な差は見られませんでした。 

 

リラクゼーションの多重比較テストでは、ガンマキーボードの音はガンマドラムやConv. ガンマミュージックと比較して、リラックスの評価と関連する有意な違いを明らかにしました。またConv. ガンマミュージックは、ガンマミュージックやコントロールミュージックと比較して、不快さや奇妙さを表す評価が大きくなることがわかりました。結果より、Conv. ガンマミュージックは最も好ましくない音楽であると感じられたことを示唆しており、一方で、ガンマキーボードの音色は、最も好まれており、よりリラックスを感じられて快適な印象の感覚を呼び起こすことが明らかになりました。

図2・3(A)は額と前頭葉から中央部にかけての各周波数のパワーとPLIの総加算平均値です。図に示されているように、40HzのパワーもPLIも、額と前頭葉から中央部にかけての両方で明らかなピークが観察されました。これは聴覚刺激に含まれている、40Hzの成分がASSRを誘発していることを示しています。図2・3(B)は額と前頭葉から中央部における各刺激の40HzのパワーとPLIのボックスチャートです。これより、ガンマミュージックとガンマ楽器、Cov. ガンマミュージックは、ASSRを強く誘発することがわかりました。特にガンマキーボード音は、40Hzのパワー、PLI※ともに最高値を示しています。

※PLI(Phase Locking Index)とは、神経科学の分野で使われる統計的手法の一つで、脳波(EEG)データや他の生理学的信号の試行間の位相同期を測定するための指標です。この研究では、ガンマミュージックがどの程度、脳内の40 Hzの振動成分を安定して誘発させているかの指標として使用されています。

 

 

ガンマミュージック、不快感なくASSR誘発の可能性

これらの結果より、ガンマミュージックは音楽を聴くときの心地よい感覚を維持しながら、強力なASSRを誘発する可能性があることがわかりました。近年、ガンマ刺激が脳の認知機能の調節に繋がることが示唆されており、ガンマ刺激の重要性が高まっている中、私たちの作り出したガンマミュージックは、ASSR及び臨床におけるガンマ介入中に、参加者が不快感を伴うことなく長時間利用できる可能性を秘めています。

将来的には、40Hzだけに焦点を当てるのではなく、各個人のASSR反応を引き起こす個別のガンマ周波数を特定し、その周波数に基づいてパーソナライズされたガンマミュージックを開発し、その有効性を検証していく予定です。

※詳細(Preprint paper):
Yokota, Y., Tanaka, K., Ming, C., Naruse, Y., Imamura, Y., & Fujii, S. (2023). Gamma Music: A New Acoustic Stimulus for Gamma-frequency Auditory Steady-State Response. Frontiers, 2024-01.

※引用元は、こちら